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神戸地方裁判所 昭和42年(行ウ)7号 判決 1969年2月22日

原告 社会保険診療報酬支払基金

被告 兵庫県地方労働委員会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、当事者双方の求める裁判

(一)  原告

「被告が兵庫地労委昭和四一年(不)第九号事件につき昭和四二年二月一四日付でなした命令主文中第一項及び第二項の部分を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

(二)  被告

主文同旨の判決

二、原告の、請求原因

(一)  原告は、昭和二三年法律第一二九号社会保険診療報酬支払基金法によつて特殊法人として設立されたもので、神戸市兵庫区荒田町二丁目一番地の三、四に従たる事務所を置いて、保険医療機関及び保険薬局から提出された各種社会保険制度に関する診療報酬請求書の審査並びに支払を行うもので、現在の兵庫事務所の従業員数は事務職員約一九〇名であり、内約二六名が訴外全国社会保険診療報酬支払基金労働組合(以下全基労という)兵庫支部に属している。

(二)  全基労兵庫支部は、昭和四〇年八月ごろから毎日のように原告兵庫事務所の建物の玄関先で午前八時三〇分ごろから同八時四五分まで、昭和四一年一一月一日以降は午前八時五五分まで、所属組合員を適宜交替させて、出勤のため建物に入ろうとする原告従業員に対し、全基労兵庫支部機関紙「やまなみ」を配布させてきた。

(三)  これに対し原告は、午前八時三〇分以降は勤務時間中であり、前項の新聞配布行為は、勤務時間中の組合活動を禁止する就業規則及び原告と原告従業員が別に結成している社会保険診療報酬支払基金労働組合(以下基労組という)との間で昭和四一年九月二七日締結され、同年一一月一日から発効している労働協約に反することを理由として、同年一一月五日及び同月七日に全基労兵庫支部長梶原勝己に対し、右機関紙配布行為を中止するように通告した。

(四)  しかし全基労兵庫支部は、原告の通告を無視し、所属組合員に機関紙配布行為を続行させたので、原告は全基労兵庫支部組合員守屋幹二及び同北村輝雄に対して同年一一月八日、同梶原勝己に対して同月一一日、一四日、一九日、二一日及び二五日の五回にわたつて、前記の機関紙配布行為を中止するようにとの警告書を手交した。

(五)  そこで全基労兵庫支部は、原告の処置が不当労働行為に当るとして、兵庫県社会保険診療報酬支払基金を相手方として昭和四一年一二月に被告に対して救済を求め、被告はこの申立を以下の限度で認めて昭和四二年二月一四日に次のとおりの救済命令(以下本件命令という)を発し、同年三月一四日原告にこれを交付した。

I、被申立人(兵庫県社会保険診療報酬支払基金)は、申立人(全基労兵庫支部)が毎朝午前八時三〇分から同八時五五分までの猶予時間の間に日刊機関紙「やまなみ」を配布したことに関し、昭和四一年一一月八日以降申立人の組合員に対して手交した警告書を撤回するとともに、これを理由とする定期昇給についての不利益取扱いをしてはならない。

II、被申立人は、申立人が始業の猶予時間の間に被申立人の事務所玄関前において機関紙「やまなみ」を配布することにつき、将来申立人の組合員に対する警告あるいは定期昇給の不利益取扱いによつてこれを妨害してはならない。

III、申立人のその余の申立てはこれを棄却する。

(六)  しかし原告の前記の警告書の交付は不当労働行為に該当せず、被告の前項の命令は次の点で瑕疵があるというべきである。

I、被告は、原告事務所における始業時間が午前八時三〇分であることから、午前八時三〇分から同八時五五分までの二五分は勤務時間内の特殊時間であり、訴外全基労兵庫支部の機関紙配布行為を形式的には禁止された行為であると判断しながらも基労組と基金の労働協約が全基労組合員に対しても効力を及ぼすとしても、全基労兵庫支部の前記の組合活動が原告の業務の始業に支障を与えたり、従業員の職務に悪影響を及ぼし、或いは職場秩序を乱したとの主張を認めさせる疏明がなく、原告が全基労兵庫支部の前記組合活動を規制するについて、実質上の合理的必要性に欠くとして、労働組合法第七条第三号の労働組合に対する支配介入に当るとしている。

II、しかし、個々の日の事務処理に限れば、午前八時三〇分から同五五分までの猶予時間内における組合活動は、原告の業務に支障を与えないといえるにしても、原告の就業規則によると、所属長の承認のある場合を除く勤務時間内の組合活動を禁止しており、基労組との労働協約にも同旨の規定があるのに、全基労兵庫支部がこれに違反して勤務時間内に機関紙を配布すること自体が職場秩序、企業秩序を乱すことになるのは明瞭である。

III、もともと、始業前に猶予時間を置いた趣旨は、原告事務所の業務内容が珠算等の精密な計算、分類、点検を内容とし、この迅速正確な遂行をはかるためには、職員が出勤までの交通難によつて蒙る心身の疲労を鎮静させて業務に向わせる必要があるとの業務的配慮に基づくもので、この故に多数組合である基労組との間で、猶予時間を設けるとともに、同時に別に覚書をかわして、猶予時間が勤務時間であり、組合活動をこの時間内において行うときは、所属長の承認を要する旨を明らかにして、職場の節度を持すようにしている。このように基労組との節度ある協約の運営が期せられつつあるとき基金の一部職員が加入しているに過ぎない少数組合である全基労兵庫支部が猶予時間内に一方的に組合活動を行うのは、職場の秩序を著しく損うものである。また業務に対する実質的支障とは、事務処理上の単なる量的支障のみでなく、一般に職場秩序軽視の影響を与えることも、その最たるものというべきであるから、猶予時間中の組合活動といえども、業務に対する実質的支障を与えることの著しいものといわねばならない。

(七)  よつて請求の趣旨記載の被告の命令の取消を求める。

三、被告の答弁

(一)  原告の請求原因(一)ないし(五)の事実はいずれも認める。

(二)  被告の本件命令は、事実の認定及び法律上の判断の双方について何らの誤りはなく、適法である。原告は猶予時間を勤務時間内の特殊な時間とし、猶予時間内の組合活動を勤務時間内のそれとして、警告書の交付は当然であつて不当労働行為に当らないというが、就業規則や労働協約によつて禁止される勤務時間内の組合活動とは執務に支障をきたす組合活動であるのが一般の労務慣行である。したがつて、原告の就業規則、或いは基労組との労働協約によつて、所属長或いは原告の承認を要するとされている勤務時間内の組合活動には猶予時間というような特殊の勤務時間中の組合活動を含まないものと解すべきであり、このことは、原告がその職員に対して右猶予時間中野球その他の娯楽活動さえも放任してこれを認めていることに照らしても、首肯しうるところであるから、ひとり猶予時間内の組合活動のみを原則として禁止し得る筋合はない。またかりに原告主張のように右就業規則、労働協約の定めが猶予時間における組合活動と雖も普通の勤務時間内のそれと同様に基金側の承認を要する趣旨とすれば、右規則協約そのものの効力に疑問がある。されば前記全基労兵庫支部の機関紙配布行為は、何ら禁止されていない正当な労働行為であつて、これをもつて職場秩序を乱すとの原告の主張は理由がない。然るに原告は同支部の組合員に対して定期昇給の際に不利益に取扱うとの意図のもとに機関紙の配布の中止を求める警告書を発し、然もその組合員の定期昇給の取扱について内議していたのであるから、こうした原告の所為は全基労兵庫支部に対する不当な支配介入であるとともに、当該組合員に対する不利益取扱にも当る、不当労働行為であると謂うべきなので、本件命令を発するに至つたもので、もとより正当であつて、取消さるべき何等の理由はない。

四、証拠<省略>

理由

一、当事者について

職権により按ずるに、本件訴状によると原告の表示として兵庫県社会保険診療報酬支払基金事務所(単に兵庫事務所という)なる記載とこれに引続き右代表者として幹事長名の記載があるので、右事務所を原告とする訴と解する余地があるが、記録によると、右兵庫事務所は法人たる社会保険診療報酬支払基金の従たる事務所であつてそれ自体人格を有するものでないこと、右代表者として表示された幹事長は法令により社会保険診療報酬支払基金(以下基金という)の代表者である理事長により選任された右事務所の業務に関し一切の裁判上、裁判外の行為をする権限を有する右基金の法律上の代理人であること、ならびに訴状の記載などに鑑みるときは、訴の当事者は基金であるが、訴訟を担当するものは兵庫事務所に勤務する基金の代理人である幹事長なることを表示する趣旨で、前掲のような訴状の表示となつたものとみるに妨げない。なお原告の取消を求める被告の命令にも名宛人として、兵庫県社会保険診療報酬支払基金と表示され、これに引続き右代表者として幹事長名の記載があるが、兵庫事務所を基金と独立した人格を有するものとして特にこれを名宛人とする趣旨で、右のような表示をしたと認められるような特段の事情も命令自体からは窺えないので、先に述べたと同一の理由から、右表示により基金を名宛人としたものと見るのが相当である。

以上の次第で本訴は基金が原告として自己宛になされた被告の命令の取消を求める訴であるとの理解の下に判断することとした。

二、本案について

(一)  請求原因(一)ないし(五)の各事実はいずれも当事者間に争いがない。

(二)  そこで以下原告の主張する、右事実中午前八時三〇分から同八時四五分ないしは五五分までの全基労兵庫支部組合員による機関紙配布行為が勤務時間中の組合活動に当るかどうかの点について判断する。

弁論の全趣旨から成立を認め得る甲第一号証、甲第二号証の一、二によると、前記基労組と原告の間の労働協約には、平日の勤務時間は午前八時三〇分から午後五時までとし、その間の休憩時間を正午から一時間と定め、かつ勤務時間中の組合活動を禁ずる旨の定をしていること、原告の昭和四一年一一月一日現在の就業規則にも同様の規定が存していたことが認められるから、午前八時三〇分以後になされる組合活動は、一見右協約、規則違反の勤務時間中の組合活動であると見うるようである。

しかしながら、右甲号各証、弁論の全趣旨から成立を認めうる甲第二号証の二、成立に争いのない乙第一号証から乙第三号証までの各一、二、乙第四号証の各記載および証人岡崎巌の証言によれば、次の事実が認められる。

原告においては、昭和二五年頃全基労が結成されたが、これから昭和三九年四月に基労組が分裂して生まれ、当初全基労の組合員の約八〇パーセントが基労組に移り、本件命令の頃原告兵庫事務所においても基労組の組合員は全基労のそれに比べて六倍強に達していたこと、昭和三九年当時基労組と原告との間の旧労働協約、当時の原告の旧就業規則においても、前記協約、規則と同様の定めがあつたが、同年七月以降原告と右組合との協定により、午前八時三〇分から八時四五分までを猶予時間として遅刻扱にしない取扱になつていたところ、昭和四一年九月二七日の前記新協約締結に際して、右両者間で出勤簿の整理のために猶予時間を更に一〇分間延長し午前八時五五分までとし、遅刻の取扱は右猶予時間の経過後とし、午前八時五五分からは作業服の着用、机上の整理、書類の準備等をし、午前九時から作業を開始するなどの諸点の合意を特に覚書(甲第二号証の二)に記載して確認したこと、右覚書には猶予時間内は組合活動が禁止されている勤務時間に含まれるとの確認がなされた旨の記載がないこと、右協約、就業規則においては、勤務時間と休憩時間とを区別し、勤務時間中の組合活動の禁止規定は設けているが、休憩時間中の組合活動を禁止する趣旨の規定は存在せず、原告の兵庫事務所においても、休憩時間中の組合活動は自由にできるものと解し、両組合に対し休憩時間中の組合活動を別段禁止したことがなかつたこと、原告の兵庫事務所の職員は、昭和四一年一〇月末までは午前八時四五分までに、同年一一月以降は午前八時五五分までに右事務所に出勤するのが通常で、午前八時三〇分までに出勤するというのは極く例外であるとともに、旧協約施行当時は勿論新協約が施行されて後も、猶予時間中に出勤した職員は始業時間までは就労を強制されることなく、談笑したりスポーツをしたりなど各自の自由行動が許されていて現実に右時間が通勤途上の疲労を回復させるための静養時間として用いられるようなこともなかつたこと、また旧協約施行当時は右猶予時間内に両組合において組合活動を行うこともあつたが、原告の兵庫事務所においては別段協約、就業規則に反するとして、これに干渉をしたこともなかつたこと、以上の事実が認められる。もつとも原告が主張するような、原告と基労組との間で組合活動との関係で特に猶予時間は勤務時間に属することの確認がなされたという点については、この趣旨に合する証人岡崎の供述及び乙第二号証の一の記載があるが、前掲甲第二号証の二の記載から判断しても、そこまでの合意が確認されているとは見られず、右供述及び記載は直ちに信用し難い。

(三)  そうすると、右認定のように労使間において、勤務時間が協定され、かつその時間内における組合活動が原則的に禁止されているとしても、更に同時に始業までに遅刻とならない一定の猶予時間を設け、その時間の使用を労働者に委ねて、その時間をどのように使うかについて特に限定しない趣旨が諒解されているような場合にあつては、右猶予時間中は労働者に対する使用者の拘束力の遮断されることを意味し、したがつて右猶予時間を容認することはその名称、形式がどうあつても、実質的には使用者の労働者に対する拘束力が及ばないとの意味合からは勤務時間を縮少するのと同じであり、そうでないとしても休憩時間に類似した就労を要しない特殊の時間を定めたものと解するを相当とし、さればこそ前記認定のように原告の兵庫事務所においては組合活動を許容していた休憩時間と同様、猶予時間中に出勤してきた職員に対しては、右時間帯における自由な活動を許す慣行が存在するに至つたことが首肯できるのであつて、そうした使用者側からの拘束力の及ばない時間帯における組合活動は、施設管理権との牴触の問題が生じる余地のある場合や、これを禁止しうる特段の合理的理由がある場合は格別一般には業務秩序とはおよそ無縁と謂うべきである。したがつて事務所外の玄関先における組合機関紙の配布のような組合活動は、たとえ協約、就業規則の文言上からは勤務時間中の行為に入るにしても、これにつき所属長や原告の承認を要しないものと認めるのが相当であつて、これを目して正当な組合活動というに何等の妨げのあるものではない。

(四)  以上の次第で、昭和四一年一〇月末日以前にあつての午前八時四五分まで、同年一一月一日以降の午前八時五五分までの猶予時間は、組合活動との関係では原告と基労組との間にあつても勤務時間には含まれず、自由な組合活動が許される時間帯と謂うべきであるから、従つて原告と基労組との労働協約の効力が全基労の組合員に及ぶとしても、前掲の猶予時間に全基労兵庫支部の組合員が、所属長の承認なくして組合活動として事務所外の機関紙配布をなすことは、正当な組合活動であつて、使用者においてこれを禁止するいわれはないから、使用者たる原告がこれを阻止するのは同支部の正当な組合活動に対する制限として、同支部に対する支配介入に当るとともに、将来の昇給についての差別処理を前提としての全基労組合員に対する警告書の交付は、一面組合員に対する不利益取扱にも該当すると謂うべきところ、前掲乙第二号証の一、二、乙第三号証の二の記載によれば、原告の本件警告書の交付が昇給停止等の不利益を課す前提でなされ、然もこれを受領したものに対する心理強制を含むことが認められ、そうすると原告の前記一連の全基労兵庫支部に対する機関紙配布行為の中止を求める行為及び右支部組合員に対する警告書の交付は、労働組合法第七条一号、三号の不当労働行為に該当すると謂うべきである。

(五)  そうすると、右趣旨に出る本件命令第一項第二項は当然適法であつて、これを取消すべき瑕疵はない。よつて同命令の取消を求める原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 中島孝信 田畑豊 松島和成)

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